今年も行ってきました、
NHK技研公開。
全体の概要もいつかここに書きたいのですが、どうしてもこの週末忘れない内に書いておきたいこのネタから。
本blogタイトルと異なり、ブースの正式な名称は、
”光電変換膜積層型固体撮像デバイス ~高感度な8Kスーパーハイビジョンカメラの実現を目指して
”
~以降のサブタイトルは適切だと思うのですが、主タイトルの”光電変換膜~”の方は、あまりにも指している内容が漠然とし過ぎていて、ピンときません。
と、言う訳で(?)この研究開発の背景から。
↑昨年の技研公開のポスター展示写真から。
私風に意訳すると・・・
スーパーハイビジョン(8K)などの高画素&高フレームレートな規格に適用可能な撮像素子を製造&運用すると
⇒狭画素ピッチ & シャッター速度の不足 のダブルパンチで圧倒的に感度不足
⇒上記課題の根本解決のためには、圧倒的に高感度な素子が必要
⇒その素子を実現するための手法の内の一つとして、光電変換膜内で信号電荷を増倍させることが可能な特性を持つ材料を固体撮像素子を用いることを考えた
[4回]
ここの展示員さんに言わせれば、
一つ前のblogエントリで採りあげた”1.3億画素のSHV用センサ”がフルサイズなのも「感度を稼ぐために仕方なくフルサイズにした」というニュアンスで話されていました。
つまり、可能であれば
小型カメラ作製のためにも、SHVの画素数はありながらもS/Nの問題の無い、なるべく小型な撮像素子を実現したい とのことの様です。
そこで目をつけたのが、技研が以前から取り組んでいた”
HARP膜(撮像管デバイス)”で使っていた
セレンという材料とその材料に電圧(電界)を加えることによって引き起こされる
”アバランシェ降伏”(←ここでは、セレンが受光して発生した電子またはホールに電界を加えることによりどんどんその個数を増やして増幅させることにより、結果高感度化すること)という現象 ということの様です。
上記写真の最後に、この原理を用いるのに適切な材料の候補が二つ挙げられています。
CIGS:銅、インジウム、ガリウム、セレンまたは硫黄の化合物
結晶Se(セレン)
それぞれの材料を用いた撮像素子のメリット/デメリットが、以下昨年のポスター展示写真の続きに記されています。
↑左側がCIGSを用いた場合。右が結晶セレンを用いた場合。
ざっとだけ書くと・・・
■CIGS
・高い電界が必要(例:10^7(7乗) V/cm)が必要 ←デメリット
・暗電流が抑制しやすい ←メリット
課題:可視光域の感度向上
■結晶Se(セレン)
・低い電界で増倍しやすい ←メリット
・暗電流が発生しやすい ←デメリット
課題:低暗電流と高効率の両立
結果を書くと、
今年の技研公開のブース番号28で紹介されていたのは、右側の”結晶セレン”を用いた方だけでした。
これが、もう左側のCIGS材料の方は何等かの理由で見切って研究を中止したのか、研究は続けているが現状有望な方だけに発表を絞った結果なのかは私にはわかりません。
が、展示が片方だけということは、
CIGSの研究を続けていたとしても現状は結晶セレンを用いた方が先が明るそう(もしくはゴールが近そう)と技研が考えているのだと予想します。
上記メリットデメリットだけ見ると、
高い電圧が最終的にも必要な膜よりも、暗電流抑制は大変だけど、最終的には電圧が低くて済む膜を選ぼうとしている ということなのでしょう。
実際、この後、今年の動作デモの写真を載せますが、
結晶セレンを用いた素子に加えていた電源電圧は3Vでした(「日によって多少変わる。その日の調子で4Vだったりもします。最終的に5V動作とさせたい」と展示員の方は話されていました)。
上記写真の昨年のポスター展示を見た際には、双方の例とも電源電圧を10V程度掛けないと、増幅の効果が薄い様に見えたので、
「あ~10V必要じゃ、将来においても民生用のカメラにはキツイな~」と内心感じていたので、今年のこの動作電圧の変化は個人的に嬉しいサプライズでした(^^)。
低電圧駆動が可能な膜の方を選択したのだとすれば、(実現度合いのハードルは不明ですが)個人的には妥当な選択なのではないかと思いました。
↑動作実機デモ
このレンズの先に日本人形(?)が回っていました。←「
動画として見せるのが当たり前」という空気があるあたりNHKっぽさが表れていておもしろいです(^^)
↑実際その場でリアルタイムに再生されていた動画
・モノクロ
・約60万画素
↑その他仕様等
・1/6型素子
・30fps
・画素ピッチ:3um□
画素ピッチが既に3umで出来ていて、そして最低限見れる絵が出ている という二点において(比較してはいけないのかもしれませんが)
、有機撮像素子や立体構造素子(画素並列読み出し素子)の実現よりも圧倒的に進んでいる感じです。
昨年から発表されるようになった研究内容であったため、「まだまだ先だな」と勝手に思い込んでいましたが、
私「うまくいった場合、カメラに載るようなレベルの実用化は何年後くらいを想定しているのですか?」
展示員A「
3年後を目標にしています」
私 !!!
もう一度引き返して、別の展示員の方に上記を問い直したところ
展示員B「
我々はそう言わないと怒られてしまいますので(苦笑)」
という感じでしたので、真に受けてはいけなさそうですが、とにかくそれでも私が想定していたスパンよりは短い期間での実用化を狙っているようです。
私「思っていたよりも早いですね」
展示員A「逆に言うとそれだけ現状のSHV用センサの感度不足が切実なのです」
とのこと。
また、上の人形の写真で、
白い輝点が目立つと思いますが、これが目下の課題だとか。
上記輝点は結晶Se膜のせい(下地のシリコンのせいでは無い。HARP撮像管に膜堆積しても発現したことを確認して原因箇所を切り分けた)。
この輝点は電界を増やすと増える。他方、効率的な増倍を行うにはなるべく電界を増やした方がよいというトレードオフの関係があり、今後”白傷が出来にくい膜構造にする”ことを目指す”とのこと。
また、カラーセンサはカラーフィルタを載せればいつでも可能。研究的にもデモで膜の実力を見てもらう意味でもモノクロセンサの方が適しているので今回はモノクロセンサとした。
その他、写真では見えないと思いますが、2列周期の縦縞が見えました。
これについては「シリコンの読み出し回路側が原因。製品になるような時にはそれ相応の補正を掛ければ問題無いレベルと思っている」とのこと。
また、上の画像写真の左下の方に見える玉すだれ(?)状の模様は無視してください。持っていたカメラと液晶画面とで発生したモアレ(?)と思われます
↑実験時に用いている構造(左)と、それによって測定した
分光感度特性
(赤外センサを作るつもりでなく、可視光センサを作るのであれば、)私には凄く理想的な分光に見えます。
が、「今後、もう少し長波長側に伸ばして、700nmのあたりでスパッと落としたいですね」展示員A
私「そんなスパッと落とすことが出来るんですか?」
展示員A「出来ると思います。」
本当かどうかわかりませんが、出来たなら赤外カットフィルタいらずな素子になりそうです(短波長側は少し余計な感度を持っていそうなので、どちらにしてもそっちはカットしなければならなそうですが)
↑右側のグラフ:結晶セレンとアモルファスセレン(←HARP膜として利用していたのはアモルファスセレンの方)の分光感度比較 ⇒結晶セレンの方が長波長側に分光が伸びていて、可視光センサとしては理想的なようです。
で、注目は左側のグラフ。
シリコンとセレンの膜厚1cmあたりの吸収係数の波長依存
常に一桁以上セレンの方がシリコンに対して高く、500nmあたりでは20倍くらい吸収係数が高くなっています。
これはつまり同じ膜厚で撮像素子を作製したら、セレンの方が良く光を吸収し、逆に同じ量子効率で良ければセレンの方が現行のシリコンフォトダイオードよりも薄い膜で良い ということです。
実際、
今回のデモ用の(?)素子は500nm(=0.5um)の膜で作られていました。
現行のシリコンフォトダイオードの深さは最低でも各社2um程度はあるでしょうから1/4以下の厚さで済んでいます。
最近は隣接画素への混色が狭画素ピッチ化の大きな課題の内の一つになっているようですので、その点でも、この
薄膜化してもきちんと各波長光を吸収可能という特性は、(斜め光が隣接画素に到達する前に自分の画素で吸収してしまえて混色になりにくいという面で)メリットが大きいように思います。
↑ 実際の試作チップ(パッケージ)(左)と
アモルファスセレン膜(中央)
結晶セレン膜(右)
「アモルファスセレンに対して、結晶セレンが黒っぽく見えますでしょ?それはアモルファスセレンよりも結晶セレンの方が光を良く吸収しているということです」展示員B
なるほど!
では、そんな理想的そうな膜材料の、
昨年から今年に掛けての研究成果は何ですか?との私の問いの答えが以下です。
1画素が3um等の画素ピッチのセンサを作成しようとした際に、以前は結晶セレンの一つの粒径の大きさが、画素ピッチと同等かそれ以上になってしまっていたため、それに起因する画素ごとのざらつきが顕著であった。
(斜めの写真で見にくいと思いますが、奥の写真のざらつきが目立つのはわかってもらえると思います)
それを
今年は結晶セレンの粒径を小さくすることによって、画像の均質化(ざらつき低減)が行えたとのこと。
「どうやって結晶セレンの粒径を小さくしたのですか?」私
↑セレン膜厚と結晶粒径の関係
結果を言ってしまえば、
「セレン膜厚を薄くすれば結晶粒径も小さくなる」とのこと。
どうやら、膜の下側(シリコンと接する側)からセレンの結晶化が始まり、にょきにょきと上方に伸びるようにして成長するそう。
で、イメージ的には膜厚が厚いと、それだけ成長できるスペース(?)が与えられてしまって、必要以上にセレン結晶が大きくなってしまうのだとか。
なので、昨年の2umの膜厚から今年500nmまで薄くした。研究室レベルでは、200nmまで薄くしても問題無い(≒所望の特性が得られる?)ことは確認済みだそう。
私「
200nmまで薄くして問題が無いなら200nmまで薄くした方が、より粒径が小さくなって均質化が図れそうで良いように思うが、何故500nmなのですか?何かマージンが必要なのですか?」
展示員B「
マージンという訳でもなくて、特に500nmに深い意味はありません。まあ映像を見て頂ければわかるように、500nmでももうざらつきは問題無いでしょう」
と、回答頂いたのですが、私としては特性に問題が無いなら(今後画素ピッチがより小さくなる世界を想定する意味でも)無理の無い範囲で粒径を小さくしておいた方が良いと思ったのですが。
上記SEM写真の縮尺を見ても、500nmの膜厚では、まだ大きいものは1.5um以上ありそうですし、見た目の均質さから言っても明らかに200nm膜厚の方が良さそうですし・・・
また、マニアックな話になってしまいますが、以下膜関係の話の延長で出てきた話です。
・結晶セレンは、シリコン上に一度アモルファスで膜堆積した後、熱処理によって結晶化させる
・膜堆積は、一般的な蒸着装置で可能
・結晶化時の熱処理温度は200℃
⇒
実際には、もう少し温度を上げた方が良質な結晶が得られる可能性が高いが、下地の読み出し回路の温度耐性の問題で、これ以上温度を上げることが出来ない
※シリコンの熱耐性が200℃ということはあり得ない。よって明らかに気遣っているのは金属配線の熱耐性だと思うのですが、一般的なCMOSプロセスにおいてアルミ配線であれば400℃程度の熱処理が入るのは普通だと思いますので、今回
試作に使っている回路の金属配線がCu(カッパー=銅)であると予想されます。
画素ピッチが3umで微細ということもあり、最初から微細化プロセスに適用可能な膜生成を模索しているということでしょうか。
・キャリアはホール。実験評価用としては、電子をキャリアとすることも可能にしている。が、この世界の通説(教科書)では、セレンではホールをキャリアとした方がアバランシェ増倍を引き起こしやすい
・私「
材料選定においては、無数にある材料の中から何故この材料を選んだ(選べた)のですか?」
展示員B「我々は元々HARP撮像管でセレンを使っていた。というのと、やはり材料の物性を見るとある程度絞れるもの。一般的に太陽電池で用いられているような材料には、この用途(アバランシェ増倍作用)に適しているものが多い」
その他
↑メインの一般的な説明ボード。
光電変換膜をCMOSの読み出し回路上に積層して形成するため、自然と現状の裏面照射センサ相当の構造になり、配線による光の阻害が無くなり有利です。
↑HARP撮像管の時に用いていたのは、アモルファスセレンだった
「
アモルファスセレンでは、最終的には600倍まで増倍出来た。
600倍の増幅を達成するのに5~6年はかかった。
今回の結晶セレンが何倍まで増倍出来るかは今後やってみなければわからない」展示員B
その他、情報として
・今回の試作センサはアナログ出力センサ
(つまりチップ内にADは積んでいなくて、アナログ電圧波形のままチップ外に読み出し、外の別石のADで信号サンプリング)
・
パナソニックと共同
膜の研究をNHK、その膜をCMOSの読み出し回路に堆積しなければ素子として完結しないので、そのCMOS読み出し素子の部分はパナソニックの様です。
パナソニックは富士と有機膜も共同で研究行っている様ですし、次世代の撮像素子の研究協力に余念が無いようですね。
次世代の撮像素子で、ソニー等のライバルに対して一発逆転を虎視眈々と狙っているという感じでしょうか。
PR